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第1次世界大戦戦後処理 だいいちじせかいたいせんせんごしょりSettlements of World War I

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

第1次世界大戦戦後処理
だいいちじせかいたいせんせんごしょり
Settlements of World War I

第1次世界大戦によって生じた問題解決のための諸措置。 1919年1月からパリ講和会議が開かれ,ドイツとの間のベルサイユ条約をはじめ,オーストリア,ハンガリー,トルコの各国との平和条約が締結されて,(1) 民族自決主義原則の採用,(2) ドイツ=オーストリア諸国の軍備制限,(3) ドイツ=オーストリア諸国の賠償義務,(4) ドイツの植民地放棄,(5) 国際連盟の創設などを内容とする,いわゆるベルサイユ体制が樹立されたが,これらは連合諸国内部の帝国主義的対立の妥協の産物であり,当初休戦条項に示されたアメリカの W.ウィルソン大統領の主張とはかなりへだたりのあるものであった。たとえば,民族自決主義原則はドイツ=オーストリア側を弱体化させるために恣意的に採用されたものであるし,賠償金にしても,各国のおもわくが複雑にからみ合い,その収拾はアメリカの C.ドーズ,O.ヤング両委員などの調整をまたなければならず,さらに山東半島を含むドイツ植民地および特殊権益地帯の分配は,領土不拡大の原則にもとるものであった。このため,ベルサイユ体制は戦後世界に一応の安定をもたらしたものの,緊張は依然として続いた。

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