笹俣村(読み)ささまたむら

日本歴史地名大系 「笹俣村」の解説

笹俣村
ささまたむら

[現在地名]大野市上笹又かみささまた下笹又しもささまた

真名まな上流に位置し、東の道斉どうさい山、西の銀杏峰げなんぽに挟まれた峡谷部にある。下流上若子かみわかご村。上流は中島なかじま村。嘉元四年(一三〇六)の昭慶門院御領目録(竹内文平氏所蔵文書)に「佐佐俣郷」とみえる。永享一二年(一四四〇)四月日付春日社領越前国大野郡小山庄田数諸済等帳(天理図書館蔵)に「上佐々俣郷領家御年貢等事」とあり上下に分れていたと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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