筏八幡宮(読み)いかだはちまんぐう

日本歴史地名大系 「筏八幡宮」の解説

筏八幡宮
いかだはちまんぐう

[現在地名]東和町大字和田

和田わだの西海岸の岬、厨子ずしはな鎮座祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后。旧郷社。

社伝によれば、貞観年中(八五九―八七七)豊前宇佐うさ八幡宮(現大分県宇佐市)を山城石清水いわしみず(現京都府八幡市)勧請の時、和田村の沖磯合に神光が現れ、暗夜激流の中を無事に通航。この時、大島の橘四郎という者に、神光を放ったのは筏に乗った厨子入りの神鏡であることを示して鏡を祀るようにとの託宣があり、筏八幡宮として祀ったのが当社の起りという。この厨子を乗せた筏の寄った所を筏の瀬いかだのせという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む