築地館跡(読み)ついじやかたあと

日本歴史地名大系 「築地館跡」の解説

築地館跡
ついじやかたあと

[現在地名]中条町築地 くね廻り

築地集落のほぼ中央にある真言宗智山派惣持(そうじ)寺の東北方、一段低い畑地に位置する。中条氏の一族築地氏の館跡といわれる。文和四年(一三五五)の中条茂資譲状(山形大学所蔵中条家文書)に「ついちの村ハ、ついち殿こほうしにとらする」とある。この小法師の系統が築地氏を名乗るのは、二代のちの資茂が中条房資により知行が認められて以後のことか(享徳三年四月二八日「中条秀叟(房資)記録」三浦和田中条氏文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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