築屋敷(読み)つきやしき

日本歴史地名大系 「築屋敷」の解説

築屋敷
つきやしき

[現在地名]高知市かみ町一―五丁目・鷹匠たかじよう町二丁目・升形ますがた

南奉公人みなみほうこうにん町の南側、大堤防外にある片側町。古くはかがみ川に沿った竹藪地で、築地つきじとよばれていた。

「高知風土記」によると、宝永元年(一七〇四)町民自力で堤防を築き、屋敷地としたといい、築立後二年間は無年貢扱いで三年目から八ツ四分の屋敷税を徴収された。なお貞享三年(一六八六)から堤防築立を始め町づくりが行われたとの説もある。文政九年(一八二六)藩の御普請方によって堤防は西方本覚ほんがく寺の越戸(通町五丁目)まで延長され、武家町人の屋敷地となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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