籠城跡(読み)つづらじようあと

日本歴史地名大系 「籠城跡」の解説

籠城跡
つづらじようあと

[現在地名]鳥栖市山浦町

葛籠(津倉)城は中原(なかばる)の北傍標高一三二メートルの高地にあった中世の山城で勝尾(かつのお)城の出城といわれ、東方正面に二条の空堀(長さ二〇〇メートル)があり、さらにその東方にも二条の空堀(長さ四〇〇メートル)が認められる。「歴代鎮西要略」に応永三〇年(一四二三)「太宰少弐満貞与探題渋川義俊交兵、探題敗、一族分散、離入於鳥飼博多姪浜山浦綾部城、三十一年甲辰、探題義俊築肥前山浦城、在於基碑養父郡内筑紫冬門襲之而壊」とみえる「山浦城」は、「九州治乱記」にいう勝尾城をさすものか、またはその南東二キロの葛籠城をさすかはわからない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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