米本城跡(読み)よなもとじようあと

日本歴史地名大系 「米本城跡」の解説

米本城跡
よなもとじようあと

[現在地名]八千代市米本

南に延びる舌状台地上に位置し、城域は南北三〇〇メートル・東西一五〇メートルほど。先端部の主郭とその北側の副郭はほとんど破壊されたが、北側の曲輪群は上幅一〇メートル以上の空堀土橋とともによく残っている。土豪の村上氏が居城したと伝えるが(佐倉風土記)、主郭の曲輪が六ヵ所もあり、空堀も大規模なことから単なる一在地土豪の居城とは考えにくい。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む