粗毛村(読み)ほぼけむら

日本歴史地名大系 「粗毛村」の解説

粗毛村
ほぼけむら

[現在地名]麻生町粗毛

西は霞ヶ浦に面し、北は麻生村、南は富田とみた村。中世木田見きたみ郷に属し、なつめはらと称したと伝える。古くは富田村の一部で「新編常陸国誌」は「後村ノ西地百八十五石三斗ヲ分テ、粗毛村ヲ置ク〔一説ニ寛文十年ノコトトス、サレド元禄郷帳、粗毛ノ名アラザルトキハ、其説恐クハ非ナリ〕」と記す。麻生藩の支族旗本新庄氏が当村を支配し、天明八年(一七八八)の邑々永方取立帳(根本家文書)には、当村の納入分は一両二分と永二二三文とあり、寛政三年(一七九一)の米永皆済改帳(同文書)には三三・六一石余と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 名主 富田

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む