細子町(読み)ほそずしちよう

日本歴史地名大系 「細子町」の解説

細子町
ほそずしちよう

[現在地名]兵庫区本町(ほんまち)二丁目

鳥屋(とりや)町の北に接する岡方の町で、地方一八町の一。慶長七年(一六〇二)の兵庫屋地子帳(兵庫岡方文書)に「ほそつし」とみえ、屋敷地五筆。元禄九年(一六九六)の兵庫津絵図(井家蔵)には山陽道から一筋西の南北の通りにかけた東西の鉤形路地に細辻子町と記されている。明和六年(一七六九)の兵庫津絵図(鷲尾家蔵)では南北通り部分に町名が記入されているが、この部分は兵庫屋地子帳の町名記載順からすると屋敷地一八筆の「北寺家町」にあたるとみられ、その後の記録にこの町名が現れないことから、時期は不明ながら細辻子町に包摂されたと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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