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山陽道 さんようどう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

山陽道
さんようどう

律令制における五畿七道の一つ。播磨,美作,備前,備中,備後,安芸,周防,長門の8ヵ国を総称する地方名であった。また,西国路,中国路,中国街道ともいわれ,本州西部,瀬戸内海沿岸を通っていた街道。

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デジタル大辞泉の解説

かげとも‐の‐みち【山陽道】

山陽道(さんようどう)の古称。

さんよう‐どう〔サンヤウダウ〕【山陽道】

五畿七道の一。現在の中国地方の瀬戸内海側。播磨(はりま)美作(みまさか)備前備中(びっちゅう)備後(びんご)安芸(あき)周防(すおう)長門(ながと)の8か国。また、この国々を結び、京から大宰府(だざいふ)に至る街道のこと。せんようどう。
山陽自動車道の略称。

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百科事典マイペディアの解説

山陽道【さんようどう】

五畿七道の一つ。畿内と大宰府(だざいふ)を瀬戸内海沿いに連絡した街道。また沿道の諸国をいう。《延喜式》では播磨(はりま)・美作(みまさか)・備前(びぜん)・備中(びっちゅう)・備後(びんご)・安芸(あき)・周防(すおう)・長門(ながと)の8ヵ国。
→関連項目安芸国駅・駅家海田[町]玖珂[町]周防国中国路長門国播磨国備前国備中国備後国船坂峠美作国

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防府市歴史用語集の解説

山陽道

 都から中国地方の瀬戸内海側を通り、関門海峡へつながる道です。役人や民衆が通る以外に中国や朝鮮半島からの使いが都へ行くために通る道でした。そのため、瓦ぶきで白壁の駅家[うまや]が造られました。

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世界大百科事典 第2版の解説

さんようどう【山陽道】

古代の地方行政区画の七道(五畿七道)の一つ。《西宮記》では〈ソトモノミチ〉〈カケトモノミチ〉と読んでいるが,前者は山陰道の読みの錯入。中国山地の南斜面に位置し瀬戸内海に面する地域であったため,古くから内海交通の活発とあいまち大和朝廷にとって重要な地域となり,それは律令国家の行政下でも変りなかった。《延喜式》では播磨,美作,備前,備中,備後,安芸,周防,長門の8国が属するが,このうち美作は713年(和銅6)に備前より分立した。

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大辞林 第三版の解説

かげとものみち【山陽道】

山陽道さんようどうの古名。 ↔ 山陰道そとものみち

さんようどう【山陽道】

律令制における七道の一。播磨はりま・美作みまさか・備前・備中・備後・安芸あき・周防すおう・長門ながとの八国よりなる広域行政区画、およびそれらを縦貫する幹線道路。西国路。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

山陽道
さんようどう

古代、律令(りつりょう)期における国の上部の地域単位である五畿(ごき)七道の一つ、およびそこに設定された官道の名称。中国地方の南側にあたり、734年(天平6)に安芸(あき)、周防(すおう)の国境が定められて、播磨(はりま)、美作(みまさか)、備前(びぜん)(『延喜式(えんぎしき)』では以上近国)、備中(びっちゅう)、備後(びんご)(以上中国)、安芸、周防、長門(ながと)(以上遠国)が確定した。美作以外の瀬戸内海側を京と大宰府(だざいふ)を結ぶ古代の最重要路山陽道が貫通し、原則として駅馬20~30疋(ぴき)が常備されていた。駅数は『延喜式』では合計54駅であった。同書「主税上」には山陽道諸国のすべてに海路の船賃を記載しており、陸路のみならず瀬戸内海を通じて淀(よど)川沿いの與等津(よどのつ)とも密接に結び付いていたことが知られる。近世には、山陽道は道路名としては西国街道あるいは西国路と称された。[金田章裕]

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世界大百科事典内の山陽道の言及

【駅伝制】より

…大化改新後,7世紀後半の律令国家形成期には,駅鈴によって駅馬を利用しうる道を北九州との間だけでなく東国へも延ばしはじめたようであるが,8世紀初頭の大宝令では唐を模範とした駅制を全国に拡大することとした。すなわち朝廷は特別会計の駅起稲(えききとう)・駅起田(えききでん)(後の養老令では駅稲・駅田)を各国に設置させ,これを財源として畿内の都から放射状に各国の国府を連絡する東海・東山・北陸・山陰・山陽・南海・西海の7道をそのまま駅路とし,駅路には原則として30里(約16km)ごとに駅を置かせ,駅ごとに常備すべき駅馬は大路の山陽道で20匹,中路の東海・東山両道で10匹,他の4道の小路では5匹ずつとし,駅の周囲には駅長や駅丁を出す駅戸を指定して駅馬を飼わせ,駅家(うまや)には人馬の食料や休憩・宿泊の施設を整え,駅鈴を貸与されて出張する官人や公文書を伝送する駅使が駅家に到着すれば,乗りつぎの駅馬や案内の駅子を提供させることとした。その結果,もっとも速い飛駅(ひえき∥ひやく)という駅使は,大宰府から4~5日,蝦夷に備えた陸奥の多賀城からでも7~8日で都に到着することができた。…

【中国路】より

…江戸時代,瀬戸内海にそって設けられた街道で,西国路,山陽道,中国街道ともいう。1803年(享和3)の幕府大目付の訊問に対して,〈何国何之駅より何之駅を中国路と相唱候哉,右体名目差極候ては難及挨拶候〉と答申しているように,その起点・終点も不明確で,起点を京都または大坂,終点を長門の大関・下関,豊前の大里などとする説がある。…

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