細陰の城跡(読み)ほそかげのしろあと

日本歴史地名大系 「細陰の城跡」の解説

細陰の城跡
ほそかげのしろあと

[現在地名]網野町字新庄 城山

新庄しんじよう集落の西南方にある。標高約二四五メートル。地形を巧みに利用して数層に郭を設け、竪堀をめぐらす。

明徳三年(一三九二)山名満幸・氏清が京都で挙兵し、氏清は戦死、満幸は丹後国木津きつ庄まで落ちた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 明徳記 木津 きつ

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む