紺座町(読み)こうのざちよう

日本歴史地名大系 「紺座町」の解説

紺座町
こうのざちよう

[現在地名]八幡市八幡土井

常盤(ときわ)道の全昌寺橋(ぜんしようじばし)筋より南の高橋(たかはし)筋までの南北五〇間の西片側町並。紺屋(こんや)町ともいう。南は柴座(しばのざ)町へ続く。また高橋筋の常盤道以西から高橋東詰までの町並は紺座横町。

町名となる紺座は、嘉元元年(一三〇三)一一月二八日の駿河三昧堂修造の人夫守結番諸座沙汰状(「宮寺旧記」所引)に諸座番割の一つとしてみえる。「榊葉集」(「石清水八幡宮史料叢書」所引)に「白河法皇御キウシ(休止)ノ事アリ、(中略)六位其時御恩ノ為トテ絹六匹被下ル、チヨク使紺ニソムヘキヨシアリ、其ヨリ八幡ノ郷中コンヤ六位ノセイハイタリ」とあって、平安時代末から鎌倉時代にかけて六位神人が執行したと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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