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八幡惣町 やわたそうまち

百科事典マイペディアの解説

八幡惣町【やわたそうまち】

山城国綴喜(つづき)郡の,石清水(いわしみず)八幡宮が鎮する男山の麓に形成された門前町(鳥居前町)。現在の京都府八幡市の旧市街部にあたる。八幡町ともいった。町場形成の端緒(市の発生)は11世紀にさかのぼり,鎌倉時代中期には麹売買などの活動が確認できる。末期には神人(じにん)の以外に商人の座として絹座・布座・染物売座・塩座・皮染座・菓子座・生魚座・菜座など15座が結成されており,商業活動が盛んに行われ,正月には参詣人相手の茶屋も開いていた。町場は中世期を通じて〈八幡宮境内四郷〉の科手(しなで)郷・常盤(ときわ)郷・山路(やまじ)郷・金振(かなぶり)郷に分属しており,1600年には科手町・山路町・橋本町など25町2村が町場として把握されていた。地子負担町家軒数は773。これに町場形成の中核である八幡宮社士59軒,同神人130軒,町場居住の百姓59軒,他郷よりの入来居住者64軒を加えると総計1085軒になり,さらに寺庵が130宇あった。このほか借家町人・小作百姓も居住していたと考えられる。1798年には侍神人・百姓町人の家数1301,人数6814,寺庵数140宇と記録されている。大幅な増加がないのは1600年ころにはすでに町場が完成していたためであろう。18〜19世紀には宿屋10数軒,両替屋12軒,菓子屋8軒,傘屋6軒,酒屋24軒,酒造業者5軒,樽屋15軒などがあった。近世期にも4郷に分属していたが,1881年分離して〈八幡町〉として独立。1889年新しい八幡町の中核となり,1977年八幡市となる。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典内の八幡惣町の言及

【八幡[市]】より

…町場の形成は平安末期から始まり,中世には神人(じにん)の座のほかに絹座,紺座,軽物座など多数の商人の座が成立していた。男山山麓の北と東に形成された門前町の八幡町(八幡惣町)は科手(しなで),常盤(ときわ),山路,金振(かなぶり)の4郷(内四郷)からなり,東に広がる川口など外四郷とあわせて八幡八郷とも八幡荘とも呼ばれた。1600年(慶長5)には八幡惣町は総家数1085,そのほか八幡宮の山下寺庵が130あり,江戸後期に至ってもさほど増加はみられない。…

※「八幡惣町」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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