網野村(読み)あみのむら

日本歴史地名大系 「網野村」の解説

網野村
あみのむら

[現在地名]網野町字網野

西は浅茂川あさもがわ湖、東ははなれ湖に挟まれる。浅茂川湖は江戸時代末期から昭和にかけて干拓され、現在はまったく姿を消している。

古代の網野郷(和名抄)の地とされる。丹後国田数帳に

<資料は省略されています>

とみえる。中世末の丹後国御檀家帳に「あみのゝ里 此里に御かうあまたあり、わきのかうと申候へは毎月音信不申大かうと申斗へ、家五百斗」とあり、中村藤左衛門・もろ助左衛門・前川五郎兵衛・松村与三左衛門・中嶋新兵衛・池辺新兵衛・野村藤右衛門・ほう里かすへの名がみえ、また「かうとく庵・福寿庵・講川庵・海蔵庵・西方寺・宗せん庵」が記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む