綾堀川町(読み)あやほりかわちよう

日本歴史地名大系 「綾堀川町」の解説

綾堀川町
あやほりかわちよう

下京区堀川通綾小路下ル

南北に通る東・西堀川通(旧堀川小路)とその中央を流れる堀川を挟む両側町。

平安京の条坊では左京五条二坊一保七町の東側及び同四保一〇町西側の地、平安中期以後は堀川小路綾小路の南にあたる。「玉葉」の記す安元三年(一一七七)四月二八日の「太郎焼亡」による公卿邸の被災のなかに「堀川宰相綾小路堀川」とあり、藤原頼定の邸が当町辺りに所在したことがわかる。

寛永一八年(一六四一)以前の平安城町並図に「あやノ堀川」、寛永一四年洛中絵図、及び寛文一二年(一六七二)洛中洛外大図では「綾小路堀川丁(町)」と現在の町名が使用される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む