綾大宮町(読み)あやおおみやちよう

日本歴史地名大系 「綾大宮町」の解説

綾大宮町
あやおおみやちよう

下京区大宮通綾小路下ル

町の東寄りを南北に大宮通(旧大宮大路)が通る。

平安京の条坊では左京五条一坊四保一五町東側と同五条二坊一保二町西側で、平安中期以降は大宮大路綾小路南側の地。「山槐記」治承三年(一一七九)二月二八日条には「今日、修理大夫信隆ノ女内女房也、母故大蔵卿通基朝臣ノ女生皇子、(中略)其所、五条坊門ノ北、大宮ノ西、大宮面、大舎人頭兼盛ノ宅」とあり、これは当町西頬(つら)、現郁文中学校近辺にあたり、七条院殖子が高倉天皇の第二子守貞親王(後高倉院)を産んだ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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