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織田瑟々 おだ しつしつ

美術人名辞典の解説

織田瑟々

江戸末期の画家。近江の人。惜花と号する。織田信長の末裔三位の娘。京に出て画を三熊露香に学び、桜花の画を能くする。のちに剃髪し尼になる。文政10年(1827)存、50才余、歿年未詳。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

織田瑟々 おだ-しつしつ

1779-1832 江戸時代後期の画家。
安永8年生まれ。近江(おうみ)(滋賀県)の人。三熊露香(みくま-ろこう)にまなび,桜花をえがくのがたくみであった。のちに尼となった。天保(てんぽう)3年死去。54歳。名は政江。作品に「異牡丹桜図」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

織田瑟々

没年:天保3(1832)
生年安永8(1779)
江戸後期の桜の専門画家。近江の御園村川合寺(滋賀県八日市市)に津田貞秀の長女として生まれる。名は政江。遠祖は織田信長の9男信貞という。彦根藩士石居信章を養子に迎え津田家を継いだ。息子に貞逸がいる。文化10(1813)年信章が病没したのを契機に,その後京都の三熊露香に入門し,瑟々と号し織田姓を名のる。露香の描くデリケートな桜とは異なり,筆力あふれた力強い桜の描写に特色があり,織田桜の異名をとる。墓は川合寺の西蓮寺にあり法名を「専浄院殿天誉快楽名桜大姉」という。作品に「異牡丹桜図」(白鹿記念酒造博物館蔵)ほかがある。

(安村敏信)

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