美濃局(読み)みののつぼね

朝日日本歴史人物事典 「美濃局」の解説

美濃局

生年生没年不詳
鎌倉時代地頭。山上中将貞親の室(一説にはその母)。相模(神奈川県),豊後(大分県)の地頭領主大友能直末娘。玖珠女房,横尾尼とも。仁治1(1240)年,豊後大野荘(直入郡)内上村半分地頭職を永代譲与された。同所領は按察使局(娘か)に相伝。玖珠女房の称は,玖珠郡の2村をも知行していたからであろう。局名は宗尊親王(後嵯峨天皇の子)の女房だったためと考えられる。<参考文献>『豊後国大野荘史料』

(田端泰子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「美濃局」の解説

美濃局(1) みののつぼね

?-? 平安時代後期の女官
父は石清水八幡宮別当の紀光清。待賢門院の女房として宮につかえた。鳥羽(とば)上皇の寵(ちょう)をうけ,長承元年(1132)道恵法親王,のち覚快法親王,皇女阿夜(あや)を生む。名は家子

美濃局(2) みののつぼね

?-? 鎌倉時代の女性
豊後(ぶんご)大友氏の祖,大友能直(よしなお)の娘。玖珠(くす)女房,横尾尼ともいう。延応2年(1240)兄姉らとともに母深妙尼から豊後大野荘を分割相続し,上村半分地頭職をついだ。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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