羽佐竹村(読み)はさたけむら

日本歴史地名大系 「羽佐竹村」の解説

羽佐竹村
はさたけむら

[現在地名]高宮町羽佐竹

来女木くるめぎ村の北東に位置し、村内を生田いけだ川が曲流しつつ東行。南は原田はらだ、北東は佐々部ささべの各村に接する。「芸藩通志」に「広一里、袤十五町、東西の間地ひらけ、其余みな山なり、村中小川一流あり」と記す。元和五年(一六一九)の安芸国知行帳による村高は四七一石八斗八升七合で、以後の変化はない。明知・給知入交じり。「国郡志下調書出帳」は畝数五五町六畝余を記し、戸数九三・人口四一〇、牛七七・馬一五。

後原うしろばら城跡があり、「高田郡村々覚書」に「高壱丁半、横三丁、只今は草山」とあり、「国郡志下調書出帳」には「此城主浅間和泉守高野山転移被致候と申伝候」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む