羽立村(読み)はだちむら

日本歴史地名大系 「羽立村」の解説

羽立村
はだちむら

[現在地名]天王町大崎 羽立・中羽立

八郎潟南岸、天王村の北東に位置し、西は塩口しおぐち村、南は砂丘地北端の大崎おおさき村に接する水田地帯。

絹篩」に「吉田村 中羽立とも云。此村寛文年中伊賀沢井内村より喜右衛門と云者今の地へ引移り開田す」「上羽立村 此村明暦寛文の頃の村居なり」とあり、寛文(一六六一―七三)頃に井内いない(現井川町)の者が鍬立てした新田集落であった。

享保一五年(一七三〇)の「六郡郡邑記」には天王村の支郷として「吉田村五十年以前の開村、家数十三軒」とある。寛政六年(一七九四)の六郡惣高村附帳には同じく「羽立村」とあり、当高五七石四斗二升三合、うち給分五〇石五斗六升七合であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む