…ただしその実効性には疑問があり,また南北朝・室町期には守護山名氏とその被官人による押領が相次ぎ,松尾社による東郷荘支配は戦国期をまたずして崩壊してしまったようである。荘域内には伯耆国一宮倭文(しどり)神社とその社領があり,また伯耆南条氏の拠城羽衣石城ももとはその荘域の内にあった。【井上 寛司】。…
…尼子経久のため一時城を追われたが,尼子氏の没落とともに旧領を回復。1579年(天正7)羽衣石南条氏と並び称せられた西伯耆杉原氏との対立から上方に誼(よしみ)を通じたため,82年毛利氏に攻められその軍門に下ったが,85年毛利・豊臣秀吉の和睦が成り,南条氏は河村・久米・八橋3郡の領主として再び羽衣石城主の地位を得た。しかし1600年(慶長5)の関ヶ原の戦では西軍について敗走し,このとき,因・伯地方の代表的な山城として知られる羽衣石城は神社仏閣に至るまで灰燼に帰したという。…
※「羽衣石城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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