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天守閣 てんしゅかく

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

天守閣
てんしゅかく

日本の城郭本丸の中心となる櫓 (やぐら) ,天守望楼の発達したものと考えられ,室町時代の末期から造られた。矢狭間石落しなどを備え,また短期間籠城できる設備を施したものもある。大きな城では,大天守と小天守をもつものもある。単なる軍事施設ではなく,城下町の造形的核心であった。

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デジタル大辞泉の解説

てんしゅ‐かく【天守閣】

天守」に同じ。

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大辞林 第三版の解説

てんしゅかく【天守閣】

天守 」に同じ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

天守閣
てんしゅかく

城郭にあって本丸の要所に建つ。天守、天主、殿守(でんしゅ)ともいう。城中における最高の櫓(やぐら)で、城主の指揮所として中枢の位置を占めるとともに、接見・物見・貯蔵の機能をあわせもつ。1520年(永正17)摂津(兵庫県)伊丹(いたみ)城にあった天守をその始まりというが、尾張(おわり)(愛知県)楽田(がくでん)城天守を古いとする説もある。現存する天守のうち、最古のものは1576年(天正4)の福井・丸岡(まるおか)城天守、最大のものは五重六階、地下一階の兵庫・姫路(ひめじ)城大天守である。[工藤圭章]

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世界大百科事典内の天守閣の言及

【城】より

…【村田 修三】
【近世】
 近世城郭の先駆となったのは,松永久秀が奈良の佐保丘陵に築いた多聞(たもん)城(多聞山城)と,織田信長が上洛を果たし,将軍足利義昭のために築いた二条邸,そして1576年(天正4)みずからの居城として築いた安土城である。近世城郭の特徴となる石垣と,その上に建つ白漆喰(しつくい)塗籠建物はすでに多聞城にあり,天守(主)閣は安土城において初めてつくられた。しかしこれらの城は,短期間存在しただけで破壊される。…

【多聞山城】より

…また4階の櫓があったことが《多聞院日記》に記される。たしかな文献による天守閣は当城が最初で,また多聞もはじめて作られたことから名付けられたとされる。茶の湯の名手でもあった久秀は多聞山城でもたびたび茶会をひらき,そのようすが《天王寺屋会記》などに記される。…

【天守】より

…城郭の中枢部に建てられた多層の(やぐら)建築。ヨーロッパの中世の城のキープ,ドンジョンなどと呼ばれる塔とくらべられるが,日本の天守は,城が防戦と指揮という軍事機能に加えて,城主の権威の象徴という政治機能を発揮するようになってから形式が確立したので,政治的な性格が強い。政治の拠点としての近世城郭には不可欠の要素となったが,実際は天守のない城や,計画されたが天守台だけ築いて天守は建てられない場合もあった。…

※「天守閣」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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