老松輪中
おいまつわじゆう
[現在地名]長島町松蔭・浦安
葭ヶ須輪中の南に青鷺川を隔ててあった一輪中で、現松蔭付近一帯に及ぶ。「富田氏記」(「長島町誌」所引)によれば「濃州笠松代官松下内匠在陣の時、横満蔵新田外開発十二ケ村堤防白鶏新田まで、三千六百六間三分文政六年より築立て、同十年松下氏検地高受けとなる」とあり、幕府領として文政六年(一八二三)から同一〇年には開発されている。この輪中には次の一二新田があった。松蔭新田・老松新田・松吉新田・寿永野新田・真桃新田・土吉新田・井沢新田・常盤新田・住吉新田・服部新田・松高新田・富永(栄)新田で文政一〇年の笠松(現岐阜県)郡代による検地高は合計二四九八・二四三石である。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
Sponserd by 