聖興寺跡(読み)しようこうじあと

日本歴史地名大系 「聖興寺跡」の解説

聖興寺跡
しようこうじあと

[現在地名]那珂町田崎

静(しず)神社の南麓に位置し、西に那珂川を望む。慈光山観音院と号し、真言宗。本尊は十一面観世音。

寛文三年(一六六三)の開基帳(彰考館蔵)によると、筑波郡小田(おだ)村(現筑波町)の真言宗遍照(へんしよう)院末寺で、明応七年(一四九八)本寺二代宥頓の開基。門徒五ヵ寺、旦那八五人を有した。「新編常陸国誌」に「鐘銘云、常陽那珂郡田崎慈光山聖興寺、法器既具、梵鐘尚闕、檀越鬼沢茂左衛門元貞、篤帰仏乗、精苦勤修、嘗納六十六部妙典、誦普門品凡三万三千余遍、遂発鋳冶之志願、普乞有縁之資助、高懸、音韻瀏亮」と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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