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聶栄臻 じょうえいしんNie Rong-zhen

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

聶栄臻
じょうえいしん
Nie Rong-zhen

[生]光緒25(1899).四川
[没]1992.5.14. 北京
中国の軍人,政治家,科学者。 1919年五・四運動に参加後,20年フランスに留学。 21年パリで中国共産党に入党した。 24年モスクワの東方労働大学に留学し,25年帰国。 31年長征に参加。 37年日中戦争後は八路軍 115師副師長兼政治委員,晋察冀軍区司令官兼政治委員。 45年党中央委員。 49年中央人民政府委員,人民革命軍事委員会委員兼副総参謀長。 54年全国人民代表大会常務委員,国防委員会副主席。 55年元帥。 56年国務院副総理,国防委員会副主席。 58年国家科学技術委員会主任,国防科学技術委員会主任を兼任,ミサイルや核兵器開発を指導。 65年再び国務院副総理などをつとめた。文化大革命紅衛兵の一部から批判されたが,69年4月第9期中央委員に選出された。 71年中央軍事委員会副主席,72年国務院副総理。 77年十一全大会中央委員,同政治局委員。 82年政治局委員に再選出。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

聶栄臻
じょうえいしん / ニエロンチェン
(1898/1899―1992)

中国の軍人。四川(しせん/スーチョワン)省江津(こうしん/チヤンチン)県出身。1920年苦学生として渡仏、パリ大学に学ぶ。1921年パリで中国共産党に入党。兵工廠(へいこうしょう)や自動車工場で働く。1924年ソ連赤軍大学に学び、1925年帰国し、黄埔(こうほ)軍官学校教官となる。1927年連隊政治委員として八・一南昌蜂起(なんしょうほうき)に参加。1932年江西(こうせい/チヤンシー)ソビエト区で紅一軍団(軍団長、林彪(りんぴょう/リンピァオ))の政治委員。1934年長征に参加。1937年八路軍一一五副師団長兼政治委員として抗日戦に参加。晋察冀(しんさつき)軍区司令。1945年党中央委員。国共内戦中の1948年華北野戦軍司令。1949年林彪とともに北京(ペキン)、天津(てんしん/ティエンチン)を占領。北京市長、参謀長官代理。1955年元帥。1956年副首相。1957年科学技術委員会主任となって核兵器・ロケット開発を指導。1966年党政治局員。1969年、1973年党中央委員にとどまる。1975年人民代表大会常務副委員長。1977年党政治局員。1982年党政治局員。党軍事委員会副主席。1985年9月の若返り人事で政治局から引退した。[高市恵之助・渋谷 司]

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