翻訳|occupation
他国の領域の全部または一部を自国の軍隊の支配下におくこと。(1)軍事占領,(2)戦後占領ないし混合占領,(3)平時占領,に大別される。
(1)軍事占領 戦争中,敵領域の全部または一部を交戦国軍隊が事実上占拠し権力を確立することである。古くは占領と他国を武力により完全に屈服させ自国に併合する征服との明確な区別がなされず,占領軍は暫定的主権者ともみられたが,19世紀に入るとこの区別は学説上も慣行上も明白となった。占領は敵対行為の状況により左右される一時的敵地支配の事実状態であって,たとえ敵の全領域を支配下においても,占領国がその領域の主権者となるのではない。占領地域の統治やそこに居住する住民の保護等は,占領に関する慣習法規を成文化した1907年ハーグ陸戦規則や,49年ジュネーブ第4(文民)条約により規定されており,占領軍当局もそれらに拘束され,恣意的行動が許されるわけではない。
ハーグ陸戦規則によれば,占領軍は絶対的支障のないかぎり占領地の現行法律を尊重し,なるべく公共の秩序および生活を回復確保するためになしうるいっさいの手段を尽くさなければならない。また,占領地の人民から強制的に軍事的情報を提供させたり,占領国に忠誠を誓わせてはならない。さらに,家の名誉や権利,個人の生命,私有財産,宗教の信仰やその遵行といった私権は尊重しなければならず,なかでも私有財産は没収してはならない。もっとも占領軍は,占領地において租税,賦課金等を徴収することができるが,それ以外の取立金の徴収は軍または占領地行政上の需要に応ずるためにする場合にのみ許される。現品徴発と課役は,占領軍の需要のためにするのでなければ要求してはならない。占領軍は占領地の国有動産を押収しうるが,国有不動産については,その管理者および用益権者となりうるにすぎない。しかし,これらの制限規則も占領軍にかなり広い裁量の余地を残すものであり,2度の世界大戦中ハーグ陸戦規則の精神は事実上無視されることが多かった。
そのため,文民条約はとくに占領地域の住民保護の観点から従来の占領規則を補い,基本的人権と自由の尊重を保障する詳細な規定をおいた。同条約は武力抵抗を受けない場合を含むすべての占領の場合に適用される。まず占領地域にある文民は,占領の結果その地域の制度もしくは政治にもたらされる変更や,占領地域の当局と占領国との間の協定または占領国による占領地域の全部または一部の併合によってこの条約の利益を奪われることはない。とくに,文民を占領地域から占領国の領域に,または占領されていると否とを問わず他国の領域に,個人的もしくは集団的に強制移送し,または追放することは理由のいかんを問わず禁止される。文民中最も弱い立場にある児童の監護と教育にあてられるすべての施設の適当な運営を容易にする義務も占領国に課せられた。占領地域住民の役務については,占領国の軍隊や補助部隊に勤務することを強制してはならないほか,自発的志願を行わせることを目的とする圧迫または宣伝も禁止される。兵役以外の非軍事的役務(労働)についても具体的な制限条件が課せられた。一方,占領国はすべての手段をもって,住民の食糧および医療品の供給を確保する義務を負う。ほかに,占領地域にある公務員または裁判官の身分を変更したり,彼らが良心に従い自己の職務の遂行を避ける場合にも彼らに対して制裁を加えてはならない。占領地域の住民に適用される刑罰法令についても,占領国の恣意から住民を保護しつつ,秩序維持をはかるため詳細に定められた。
(2)戦後占領,混合占領 軍事行動の全般的終了後に行われる占領である。この種の占領の間,すなわち平和条約等による平和状態回復までの間,国際法上の戦争状態は継続しているから,そこにハーグ陸戦規則等の占領規則の適用は妨げられないと考えられる。しかし,2度の世界大戦の軍事行動終了後,戦勝国はこれらの占領規則よりも休戦協定等の特別の取決めをむしろ優先的に適用してきた。
(3)平時占領 平時において行われる占領。復仇や干渉の手段としてなされる場合のほか,国際的取決めの履行を保障する手段としてなされる場合(保障占領。第1次大戦の際の連合国によるラインラント占領はその例)もある。
執筆者:藤田 久一
占領は一般に政治的意図のもとに,武力をもってなされるが,その占領地は政治的取引きに利用される。イスラエル・アラブ諸国間戦争(中東戦争)において,イスラエルは1967年以降占領下においていたシナイを,キャンプ・デービッド合意のための取引きのひとつとした。イスラエルはシナイをエジプトに返還することによって,2国間戦争終結の一材料としたのである。また,占領は被占領地の政治的変容を生み出すだけでなく,文化的変容をも強いる。第2次大戦後のアメリカによる日本占領は,政治的な転換を招いただけでなく,イデオロギー,文化,風俗などの側面にも影響を与えた。当初,日本の民主化を促進することをめざしたアメリカの占領政策は,冷戦の進展と中国革命の進行にともなって,しだいに〈反共の防壁〉〈極東の工場〉としての政策に変化していった。そして,イデオロギーも〈反共主義〉への統制が働いてきたのである。また一方で,占領軍の生活ぶりは日本人にも波及し,生活様式,食生活などをアメリカ的なものに変えていった(対日占領政策)。さらに,占領は軍事基地付近に〈夜の街〉や占領軍相手の飲食街が立ち並び,混血児や片親の子どもが増えるなどの社会問題も引き起こした。
占領の終了は,占領軍の占領地支配権の放棄や事実上の支配権の喪失によって,あるいは,条約の定める期限の経過をもってなされる。その占領終了の時期は占領政策の方針とともに,国際政治構造の変容および占領国の政策の変更によって左右されることが多い。また,一般に被占領地が,占領国の領土となることはないが,平和条約の締結なしに,占領状態のままで戦争終了が行われるか,占領地の併合(征服的併合)がなされると,その被占領地は占領国に帰属する。日露戦争後の日韓併合などはこの例である。
執筆者:星野 昭吉
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
軍隊が他国領域の全部または一部をその権力下に置くこと。戦時中の占領のほか、平時の占領もある。
戦時占領は、1899年と1907年のハーグ陸戦規則その他の戦争法規によりその条件が定められている。それによれば、占領は一地方にして事実上敵軍の権力内に帰したときに成立し、その権力を行使しうる地域をもって限りとされる。占領は一時的事実状態であるから、占領軍の力を背景に戦争中その地位の変更や併合を行うことは認められない。占領当局は租税や賦課金を徴収し、占領軍の需要のためのみに現品徴発や課役を要求することなどはできる。しかし絶対的な支障のない限り、占領地の現行法律を尊重し、公共の秩序や生活を維持回復するため施しうべきいっさいの手段を尽くさなければならない。また、占領地の人民を強制して軍事的情報を供与させてはならず、家の名誉や権利、個人の生命、私有財産ならびに宗教の信仰・遵行を尊重しなければならない。1949年ジュネーブ第四(文民)条約は、第二次世界大戦の経験にかんがみて、占領地域の文民保護のための多くの規定を置いた。なかでも、占領地域住民の占領国や他国領域への強制移送または追放を理由のいかんを問わず禁止し、占領国にすべての手段をもって住民の食糧・医療品の供給を確保する義務を負わせ、さらに占領地域の住民に適用される刑罰法令についても、住民を占領国の恣意(しい)から保護し、秩序維持を図るため詳細に定めている。
敗戦国の領域に対する平時の軍事占領は戦後占領または混合占領ともよばれ、休戦の間あるいは軍事行動の全般的終了後平和条約締結までの間に行われる。この場合もはや交戦状態にはないので戦時占領の諸規則がすべて適用されるか否かについては議論がある。1945年(昭和20)9月降伏文書調印後の連合国による日本占領はこの種の占領の例である。
[藤田久一]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…1945年8月14日のポツダム宣言受諾から,52年4月28日の対日平和条約発効までの期間は連合国(実質的にはアメリカ)によって日本の動向が決められた。この占領期の政策全般を対日占領政策,ないし占領政策というが,ここでは政策にとどまらず,世相にいたるまでこの時代の諸相を概括する。 ポツダム宣言の第7項は〈右の如き新秩序が建設せられ且日本国の戦争遂行能力が破砕せられたることの確証あるに至るは連合国の指定すべき日本国領域内の諸地点は吾等の茲に指示する基本的目的の達成を確保する為占領せらるべし〉と連合国の占領を定めており,日本占領のための連合国軍最高司令官にはアメリカのマッカーサーが任命された。…
※「占領」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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