肥伊郷(読み)ひいごう

日本歴史地名大系 「肥伊郷」の解説

肥伊郷
ひいごう

和名抄」東急本は八代郡の冒頭に置く。東急本・高山寺本ともに訓を欠く。一般に「肥」は「火」であるとし火の国の名称の根源とする。すなわち「日本書紀」景行天皇一八年五月一日条では葦北あしきたを発した景行天皇の一行が日没後火光を見て着岸した所が八代県とよの(「肥後国風土記」逸文、「肥前国風土記」では火邑)で、その火が俗火でないところから火の国と名付けたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む