能引寺跡(読み)のういんじあと

日本歴史地名大系 「能引寺跡」の解説

能引寺跡
のういんじあと

[現在地名]吉舎町桧

桧川ひのかわの北側、四柱よはしら神社の南東方にあった臨済宗の寺で、山号は日陀山。「芸藩通志」に「和知第二世信濃菩提寺なり、信濃が法名を能引寺といへり、天正十六年、中興の僧王翁樹室と云、今は小堂のみ遺れり、此寺に法華経全部の板木あり、今里社殿内に蔵む」とある。法華経版木(県指定重要文化財)六一枚は桜材で、大きさは縦約二五センチ・横約九〇センチで一定していない。刻字は横三〇行と三五行の二種があり、室町時代の作。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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