能美洞庵(読み)のうみ とうあん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「能美洞庵」の解説

能美洞庵 のうみ-とうあん

1794-1872 江戸時代後期の医師。
寛政6年生まれ。能美隆庵の父。長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)藩医。父に医学をまなび,藩主毛利斉元(なりもと),敬親(たかちか)の側医となる。医学館済生堂の創設に尽力し,頭取となって種痘普及につとめた。明治5年5月29日死去。79歳。名は淑。字(あざな)は子艾。号は雪堂,自然斎など。著作に「自然斎方符」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む