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脇本城 わきもとじょう

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日本の城がわかる事典の解説

わきもとじょう【脇本城】

秋田県男鹿市にあった戦国時代の山城(やまじろ)。国指定史跡。男鹿半島の南側の付け根の生鼻崎(岬)の丘陵にあった。湊城(秋田市)、檜山城(能代市)とともに安東氏一族(のちの秋田氏)が居城としていた城の一つ。広大な内館と古館、兜ヶ崎の3つの主郭と多数の小郭からなり、中央を「天下道」と呼ばれる道路が通っていた。その面積は約140万m2、中~近世の城の規模としては東北最大級である。檜山安東氏の総領であった安東愛季(ちかすえ)は1570年(元亀1)、湊安東氏を統合し、その居城を湊城に移したが、それまで居城としていたのが、この城である。その後、愛季は脇本城の大規模な改修を行い、嫡子の業季(なりすえ)に湊城を、次子の実季(さねすえ)に檜山城を与えて、脇本城を自身の居城とし、この城で死去した。その後、脇本城は1590年(天正18)の豊臣秀吉奥羽仕置により廃城になったとされている。城跡は発掘が行われ、史跡として整備されており、郭、空堀、土塁、井戸跡などを見ることができる。JR男鹿線脇本駅から徒歩30分。◇生鼻城、太平城とも呼ばれる

出典|講談社
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