日本の古代では,言葉としての嫡子はあっても実質的な家の継承者としての嫡子も,妾腹と区別された嫡出子としての嫡子もともに存在しなかった。このことは当時の家がまだ代々嫡子により継承されるような超世代的団体としての性格をもっていなかった点,妻に嫡妻と妾の区別がなく,それぞれから生まれた子の間にも差のなかった点からの当然の帰結である。ところで律令諸規定では嫡子(この場合〈嫡妻〉長子)を他の兄弟より優遇しており,その代表的条文が蔭(おん)(蔭位(おんい))による官人の出身に際し嫡子に一階上位を与えることを規定した選叙令五位以上条である。しかし実際のその後の昇階をみると,結局能力のある者が最高位に達しており,嫡子優遇の立法意図は当時の社会の嫡子不在の実情に制約され現実には機能していなかった。なお一般庶民層をも含む戸籍に記入された〈嫡子〉の語も,〈嫡妻〉長子該当者への機械的記入にすぎなかった。嫡子に該当する当時の日本語がおもにヒツギノミコという天皇位の継承者を意味する語としてのみ存する事実も,その他の意味での嫡子の不在を示すだろう。
→庶子 →嫡出子
執筆者:関口 裕子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
日本の律令(りつりょう)制では、実子を分けて嫡子と庶子とした。嫡子は妻に生まれた子、庶子は妾腹(しょうふく)の子である。この場合の妾は次妻の意味であって、めかけではない。もっとも律令制時代はもとより、上世より中世にかけて嫡子ということばは、ときどき嫡出実子、または家相続人の意に、庶子はそれ以外の子の意味にも用いられた。大宝(たいほう)令の規定は、嫡子は有位者のみにあり、相続財産の大部分を相続したが、養老(ようろう)令では庶民にも嫡子を認め、その相続分は庶子の倍額となった。中世では財産相続は親が生前に諸子に分与する形で行われたが、家相続人たる嫡子にはもっとも多く与えられた。江戸幕府の武家法では、家督相続人たる男子を嫡子(大名の場合。旗本御家人(ごけにん)の場合は惣領(そうりょう)という)とよんだ。武家法では単独相続であるから、親の封禄は嫡子が相続した。庶民の間では跡取り、世継ぎといって、嫡子ということばは普通、用いられなかった。明治民法では、嫡子と庶子の別を認めていた。
[石井良助]
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
家あるいは家督を継ぐ者。言葉としては律令にすでにみられ,原則として正妻の長男を意味した。唐令を基にした律令では規定上嫡子が優遇されていたが,当時の社会では事実上この規定は機能していなかった。鎌倉時代には,武士団の一族一門を統率する地位を家督といい,この家督を受け継ぐ者を嫡子といった。嫡子は,嫡出の長男とはかぎらず,嫡出・庶出を問わず能力によって決められることもあった。室町時代以降は,長男単独による家督相続が一般的となり,江戸時代の武家の間ではそれが制度化した。そのため原則として嫡出の長男が家督を相続することになり,これを嫡子とよんだ。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
…武士の家の基礎は主君より下された封禄であり,これが家督と称された。幕藩法では,嫡出の長男を家督の法定相続人(嫡子という)としているが,病身,不行跡の場合は廃嫡することが認められていた。嫡子が早世もしくは廃除された場合は,嫡孫,次男以下直系卑属,兄弟を筋目および嫡庶長幼の順に従って嫡子として願い出るものとされた。…
…一般には,中国,朝鮮,日本の旧社会において一家の家督を嗣ぐ嫡子に対して,他の傍系一族員を呼ぶ場合の呼称である。また嫡妻(正妻)の子どもに対する庶妻の子どもたちという意味も存在する。…
…(1)地位の継承は時期により,また階層により異なった様相を見せている。まず奈良時代には,天皇の地位は嫡系継承(嫡子から嫡孫へ)が目指され,そのために間に何人かの中継ぎの女帝を挟みつつ,天武天皇の嫡系の子孫が奈良後期まで続く(皇位継承)。官人層については,継嗣令に明確に嫡系継承が規定されているが,それはもっぱら位階継承(蔭位(おんい))のためであって,中国流の祭祀相続・家長権を伴った実体としての〈家〉の継承を意味するものではない。…
…しかし当時の法律家は本条の養子をもっぱら実男子なき場合の蔭位(おんい)継承の観点から論じており,また,《続日本紀》大宝1年(701)7月戊戌条や天平宝字5年(761)4月癸亥条にみえる養子も,実男子なき場合の功封・蔭位継承者として問題にされている。当時は嫡子により継承・相続される家が未成立で,子の継ぐ物は財産を除くと令が規定している蔭位などの貴族的特権しか存在しなかったことから考えれば当然といえる。しかしまた当時このような養子以外にも,実子がいても養い手のない子を引き取る場合,上流貴族では適当な娘のいないとき(ないしはいるときでも)しかるべき娘を養子とする場合,男子がいてもさらに養子を取る場合等もあり,一般民衆では子のない男女個人が養子(男女)を取り,おそらく老後を見てもらう代償として自己の財産を譲与している例もある。…
※「嫡子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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