興野宮村(読み)おきのみやむら

日本歴史地名大系 「興野宮村」の解説

興野宮村
おきのみやむら

[現在地名]江戸川区興宮町おきのみやちよう本一色ほんいつしき三丁目・東松本ひがしまつもと二丁目・南小岩みなみこいわ五丁目

本一色村の東、上一色かみいつしき村の南に位置し、東は下小岩しもこいわ村、南は松本村。南端を元佐倉道が通る。東端用水東井ひがしい堀が南流する。「風土記稿」には興野宮村と記され、オキノミヤの振仮名があるが、郷帳類には奥宮村・奥之宮村などと記されている。奥と興の字の相似による異同と考えられるが、近代以降は興の字に確定した。田園簿では田一六一石余・畑一七石余、ほかに舟役一艘分永一〇〇文が課せられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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