船底村(読み)ふなそこむら

日本歴史地名大系 「船底村」の解説

船底村
ふなそこむら

[現在地名]植木町豊岡(とよおか)

東は田原(たばる)村、西は木葉(このは)川の谷越しに玉名(たまな)郡二俣(ふたまた)村(現玉東町)に接する。もとは田原村のうちで、寛永郷帳や元禄国絵図にはみえず、享保年間(一七一六―三六)の宣紀時代手鑑に村名をみるので、この間に分村独立したと思われる。正院手永に属した。宝暦一二年(一七六二)の下ケ名寄帳では惣畝数二八町七反、うち新地・諸開が約八町を占める。「国誌」には「堂出村中久保村越当村等小村アリ」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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