良性発作性頭位めまい

EBM 正しい治療がわかる本 「良性発作性頭位めまい」の解説

良性発作性頭位めまい

どんな病気でしょうか?

●おもな症状と経過
 急に上や下を向いたとき、突然ふり返ったときなど、ある一定の方向に頭を動かすと、突然回転性のめまい(自分または天井など自分の周囲がぐるぐる回っているように感じるめまい)がおこる病気です。めまいは、ほとんどの場合十数秒でおさまります。めまいの引きがねとなる頭の動きや姿勢を何回かくり返しているうちに、次第に軽くなったり、おこらなくなったりするのが特徴です。
 良性発作性頭位(りょうせいほっさせいとうい)めまいはその名のとおり良性で、軽い吐き気を伴うことがありますが、耳鳴り難聴(なんちょう)など聴覚の異常、そのほかの中枢神経の異常は伴いません。ほとんどの患者さんでは、特別な治療をしなくても数週間のうちに症状はなくなります。ただし、頻繁(ひんぱん)におこって日常生活に支障をきたす場合は、頭部を特定の方向に動かす手技(耳石(じせき)の位置を変える)や薬を用いることもあります。

●病気の原因や症状がおこってくるしくみ
 体の平衡感覚(へいこうかんかく)は、内耳にある前庭(ぜんてい)という器官が司(つかさど)っています。前庭は耳石器(じせきき)と三半規管(さんはんきかん)からなっており、耳石器はおもに重力の方向を感じ、三半規管は回転を感じます。耳石器のなかには耳石というある程度重みのある結晶が耳石膜にくっついており、その重みの傾きにより感覚細胞が刺激されて、体の傾きを認識するようになっています。一方、三半規管はドーナツ状の管になっていて、内リンパ液という液体で満たされており、この液体の動きで頭の回転を感知するようになっています。めまいは、この前庭から脳に刺激を伝える前庭神経の部分になんらかの障害があっておこる内耳性のめまい、それ以降の脳幹(のうかん)、小脳(しょうのう)、大脳(だいのう)のいずれかの間の経路になんらかの問題があっておこる中枢性のめまい、それらの経路にはなんの問題もないのにおきるそのほかのめまいに大きく分けられます。
 良性発作性頭位めまいは内耳性のめまいですが、原因ははっきりわかっていません。本来、耳石膜にくっついて耳石器のなかにあるはずの耳石の一部がはがれ落ちて、三半規管のなかに入るために生じるのではないかといわれています。重力の方向を感知する耳石がはがれ落ち、その一部が三半規管に入り込んで、なかのリンパ液に流動がおこるため、めまいを感じることになります。

●病気の特徴
 めまいの診療では、もっともよくみられるものです。50歳~60歳代の人に多い病気です。


よく行われている治療とケアをEBMでチェック

[治療とケア]発作がおきたら横になったりせず、頭の向きを変えてみる
[評価]☆☆
[評価のポイント] 良性発作性頭位めまいは、平衡感覚を司る前庭という器官にある耳石膜から耳石が部分的にはがれることで生じると考えられます。したがって、はがれてしまった耳石をもとの耳石器にもどせば、症状が改善するという考え方は、臨床研究によって効果が確認されていませんが、専門家からは支持されています。しかし、やみくもに頭の向きを変えてみたからといって、症状が軽減することはありません。(1)~(4)


[治療とケア]薬によってめまいを抑える
[評価]☆☆
[評価のポイント] 発作期間がごく短い場合、薬物治療の必要はありませんが、めまいが数日にわたって続く場合、めまいをなんどもくり返す場合、嘔吐(おうと)を伴う場合などには、原因について精密検査が必要になります。抗コリン薬抗ヒスタミン薬フェノチアジンベンゾジアゼピンなどが、一般的なめまいの治療薬として使われます。これらの薬の有効性を示す臨床研究は見あたりませんが、専門家の意見や経験から支持されています。

[治療とケア]理学療法浮遊耳石置換法(ふゆうじせきちかんほう))を行う
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] はがれてしまった耳石をもとの耳石器に戻すために、いくつかの理学療法が考案されています。これらには、ブラント・ダロフ法、セモン法、エプリー法などがあります。いずれも非常に信頼性の高い臨床研究で効果が認められています。メイヨー・クリニックのフロエリングらは、50人のこの病気の患者さんを2群に分けて耳石を元の位置に戻すための手技を検証しています。この手技を受けた患者さん24人中12人(50パーセント)、この手技とは異なる手技を受けた26人中5人(19パーセント)が10日以内に症状が改善し、頭部を動かしたときの誘発試験でも前者で16人(67パーセント)、後者で10人(38パーセント)が症状が抑えられたと報告しています。(1)~(4)


よく使われている薬をEBMでチェック

めまいの発作を抑える薬(点滴静脈注射)
[薬名]メイロン(炭酸水素ナトリウム
[評価]☆☆
[薬名]プリンペラン(メトクロプラミド)
[評価]☆☆
[薬名]アタラックスP(ヒドロキシジン塩酸塩注射液)
[評価]☆☆
[薬名]セルシン/ホリゾン(ジアゼパム
[評価]☆☆
[評価のポイント] めまいの発作を抑える点滴静脈注射の薬にはいくつかあり、専門家の意見や経験により支持されています。

内服が可能な場合
[薬名]プリンペラン(メトクロプラミド)
[評価]☆☆
[薬名]トラベルミン(ジフェンヒドラミン・ジプロフィリン配合剤)
[評価]☆☆
[評価のポイント] めまいの発作を抑える飲み薬にはいくつかあり、専門家の意見や経験により支持されています。


総合的に見て現在もっとも確かな治療法
経験的に支持されている薬物治療
 めまいの発作期間がごく短い場合は、薬物治療の必要はありませんが、めまいが数日にわたって続いたり、めまいをなんどもくり返したり、嘔吐を伴ったりする場合には、原因をつきとめる精密検査を含め、治療が必要になります。
 現在、めまいの発作を抑える薬として一般的に用いられている薬は、中枢神経に鎮静作用を有する薬(抗コリン薬、抗ヒスタミン薬、フェノチアジン、ベンゾジアゼピン)や、メイロン(炭酸水素ナトリウム)などです。いずれの薬についても、有効性に関して信頼性の高い臨床研究で確かめられておらず、経験的に支持されているにとどまっているのが実情ですが、副作用の有無に注意しながら、これらの薬を用いることは、現在のところ、許容される臨床判断といえるでしょう。

浮遊耳石置換法を試みる場合も
 良性発作性頭位めまいの原因として、内耳が関係しているのは確実であると考えられています。内耳は体の平衡を司っている器官ですが、内耳にある耳石の一部がはがれ落ちることによって、平衡感覚が失われ、めまいが生じるのではないかといわれています。
 そこで、はがれてしまった耳石をもとに戻すいくつかの理学療法(ブラント・ダロフ法、セモン法、エプリー法など)が考案されています。これらは非常に信頼性の高い臨床研究で効果が確かめられています。

(1)Froehling DA, Bowen JM, Mohr DN, et al. The canalith repositioning procedure for the treatment of benign paroxysmal positional vertigo: a randomized controlled trial. Mayo Clin Proc. 2000; 75:695.
(2)von Brevern M, Seelig T, Radtke A, et al. Short-term efficacy of Epley's manoeuvre: a double-blind randomised trial. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2006; 77:980.
(3)Seo T, Miyamoto A, Saka N, et al. Immediate efficacy of the canalith repositioning procedure for the treatment of benign paroxysmal positional vertigo. Otol Neurotol. 2007; 28:917.
(4)Prokopakis E, Vlastos IM, Tsagournisakis M, et al. Canalith repositioning procedures among 965 patients with benign paroxysmal positional vertigo. Audiol Neurootol. 2013; 18:83.

出典 法研「EBM 正しい治療がわかる本」EBM 正しい治療がわかる本について 情報

六訂版 家庭医学大全科 「良性発作性頭位めまい」の解説

良性発作性頭位めまい
りょうせいほっさせいとういめまい
Benign paroxysmal positional vertigo
(耳の病気)

どんな病気か

 耳が原因で起こるめまいのなかで最も頻度の高いもので、寝返りをうったり、寝ていて急に上半身を起こしたり、座っていて急に振り向いたり、棚の上のものを取ろうとして急に上を向いたりした時に、急激に回転性の激しいめまいが起こる病気です。

 昔、結核(けっかく)にかかってストレプトマイシンを使った人、交通事故などで頭の外傷を受けた人、あるいは慢性中耳炎(まんせいちゅうじえん)のある人などに多く起こります。

原因は何か

 内耳の前庭器官(ぜんていきかん)は、頭が地面に対してどのような位置にあるかを感じるための機能をもっています。良性発作性頭位めまいは、前庭器官に異常が生じたために、頭の位置の変化を過敏に感じてしまう結果起こる病気と考えられています。

 前庭器官の耳石器(じせきき)の上には、炭酸カルシウムでできている耳石が多数のっていますが、この耳石が本来の位置から外れて、別の種類の前庭器官である半規管(はんきかん)のクプラに付着したり、半規管のなかに遊離したりして、それが頭を動かした際に動いて半規管を刺激するのが原因であるという説が有力になっています。詳しくはコラムを参照してください。

症状の現れ方

 前述したように、何気なしに頭を動かしたり、朝起きようとして枕から頭を上げたりしたあとなどに、急激な回転性のめまいが起こります。めまいは長くても数十秒で消失します。また、何回か同じ動作を繰り返していると、だんだん軽くなるのが特徴です。吐き気を伴うことがありますが、難聴耳鳴りなどの聴覚の症状は起こりません。

検査と診断

 めまいが起こる頭の位置で眼振(がんしん)が現れ、次第に増強、減弱します。聴力検査、温度眼振検査では異常を認めないことがほとんどです。

治療の方法

 良性といわれるように、一般には比較的早いうちにめまいはなくなります。めまいが少し軽くなってきたら、積極的にめまいが起こりやすい頭の位置をとるといったリハビリテーションをすることも治癒を早めます。また最近では、頭位変換療法と呼ばれる、遊離した耳石を元にもどす方法が開発され、良好な成績を上げています。

病気に気づいたらどうする

 あまり心配することはありません。しかし、この病気に似た症状で、内耳の障害でなく脳の病気の場合があるので、専門医の診断が必要になります。

工田 昌矢

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

内科学 第10版 「良性発作性頭位めまい」の解説

良性発作性頭位めまい(めまい)

(2)良性発作性頭位めまい(benign paroxysmal postural vertigo:BPPV)
 特定の頭位や頭位変換で誘発される回転性めまいで,持続時間は数秒~十数秒ときわめて短く(1分以上続くときは他疾患を疑う),蝸牛症候(耳鳴り・難聴など)はない.通常,発作は数日間,その頭位をとるたびに誘発されるが,次第に消失する. 発症機序は,耳石器の変性により剥離した耳石が後半規管(ときに前半規管)に迷入し,頭位変換によって移動してめまいを誘発するとされている.実際Nelson-Barany頭位変換試験で数秒の潜伏時間の後,めまいを訴え,眼振が観察される.治療は半規管内の剥離耳石を卵形囊(ときに球形囊)に戻す浮遊耳石置換法(Epley法など)が有効で,日常生活では可能な限り頭位変換を自ら行い,耳石が囊内に戻るよう心がける.[山本纊子]
■文献
Brandt T: Vertigo―Its Multisensory Syndrome, Springer-Verlag, London, 1991.
Epley JM: The canalith repositioning procedure: Fortreatment of benign paroxysmal positional vertigo. Otplaryngol Head Neck Surg, 107: 399-404,1992.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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