内科学 第10版 「甲状腺腫・甲状腺腫瘍」の解説
甲状腺腫・甲状腺腫瘍(甲状腺)
(1)良性甲状腺腫瘍(benign goiter,benign thyroid tumor)
頻度の高い甲状腺腫大である単純性甲状腺腫(simple goiter)と腺腫様甲状腺腫(adenomatous goiter)は腫瘍ではないが,重要な鑑別疾患であるので詳述する.腫瘍ではなく甲状腺が腫脹する甲状腺腫(goiter)も総じて甲状腺腫瘍に間違われやすく注意が必要である.
a.単純性甲状腺腫(simple goiter)
定義・概念
びまん性甲状腺腫を呈し,甲状腺機能や検査所見に異常がなく,明らかな原因を見いだせないものの総称である.
病因
女性ホルモンの影響やヨウ素不足の地域で多くみられる.自己免疫,炎症,腫瘍,ホルモン合成異常などの原因除外が必要である.自己免疫性甲状腺疾患のごく初期のものや軽度のものが含まれている可能性がある.
臨床症状
甲状腺腫はやわらかく,表面平滑である.思春期前後からの若い女性に多い.無症状である.
治療・予後
治療の必要はなく,症状がない限り経過観察する.予後良好である.わが国ではヨウ素不足による地方性甲状腺腫はないものの,妊娠出産後の自己免疫甲状腺異常の発生には留意が必要である.また食事や薬剤など甲状腺へのヨウ素取り込み阻害物の影響には注意が必要である.
b.腺腫様甲状腺腫(adenomatous goiter)
定義・概念
病理組織学的診断名で,甲状腺両葉に結節性腫大を認める.各年齢層に認められるが,通常経過観察し,手術の必要はない.中高年者の場合,癌の合併が散見され,注意が必要である.
病因
不明.潜在的甲状腺ホルモン欠乏に対する代償性過形成との考えもある.しかし,びまん性変化ではなく局在した多様な病変が混在するため,局所のオートクライン/パラクライン増殖機構の破綻や自己免疫異常の関与も示唆されている.
頻度
かなりの頻度で存在するが正確な頻度は不明である.手術された甲状腺結節で確定診断されたもののうち28~70%が本診断名を受けている.
病理・病態生理
病理所見は特徴的であり,全周性被膜を欠く病変部は多様性と不均一な構造を示す.小胞増生と乳頭状増殖などの増殖性病変が特徴で大小不同のコロイドを有する.結節病変部は,出血,壊死,囊胞などの二次性退行性変化を時間的,空間的に不連続した病変として認める.このため,線維性結合組織増生,硝子化,コレステリン沈着,石灰沈着などを伴うことが多い.
臨床症状
結節性甲状腺腫を特徴とし,視診で診断されるものから,触診してはじめて気づかれるものまで大小さまざまな病像を呈する.結節内出血や囊胞形成などで急に自覚される場合以外には,無症状である.ときに気管や食道への圧迫症状が認められるが,反回神経麻痺はない.
検査成績
特殊な病型である多結節性中毒性甲状腺腫(multi-nodular toxic goiter)を除いて甲状腺機能は正常である.血清学的には特徴的な所見はなく,CTやMRIの画像診断でも悪性腫瘍との鑑別はできない.
診断・鑑別診断
超音波画像所見では結節以外に囊胞変化,内部輝度異常,石灰化などの多彩な病変を認めるが,単発性の過形成結節の場合は腺腫と鑑別が困難である.正確な悪性腫瘍の合併頻度は不明であるが,高齢者の場合注意する必要があり,エコーガイド下細胞診が有用である.慢性甲状腺炎との鑑別は,血中甲状腺自己抗体の有無が参考となる.高齢化に伴い癌合併の可能性に注意が必要である.
治療
多くは甲状腺機能正常で治療の必要はない.問題になるのは癌合併が示唆されたり,巨大腫瘍で圧迫症状がある場合や,縦隔内侵入などによる外科的治療対象となる場合である.ときに,腫瘍退縮を目的としてTSH抑制療法として少量の甲状腺ホルモンを短期間(半年くらい)投与することもあるが,その効果は一定してない.
経過・予後
長い自然経過をとり,一般に予後良好である.術後再び残存甲状腺が結節性変化を引き起こし増大すると再手術されることもある.癌合併の場合はその治療効果に依存する.
c.甲状腺良性腺腫
定義・概念
大部分は単発性の全周被膜におおわれた均一な病変の濾胞腺腫(follicular adenoma)である.一部,まれに乳頭状増殖を示す場合は乳頭状過形成結節(papillary hyperplastic nodule)と分類され,癌との異同が問題となる.
病因
非機能性腺腫の病因は不明であるが,単一の染色体異常が示唆されている.機能亢進を伴うautonomously functioning thyroid nodule(AFTN;別名Plummer病)はTSH受容体かGsα蛋白のconstitutive activation,すなわち活性持続亢進タイプの点突然変異が多く存在する.
頻度
ヨウ素欠乏地域での報告が多く,特にAFTNや多結節性中毒性甲状腺腫は欧米に多い.わが国での集団検診での濾胞腺腫の発見率は1~10人/1000人で女性に多く(1:3~5),20~50歳代に発見されやすい.
病理
甲状腺良性腺腫の組織学的分類は表12-4-10に示すが,多くは濾胞腺腫である.しかし,濾胞癌との病理学的鑑別が困難な例もあり注意が必要である.
病態生理
遺伝子異常に起因するAFTN以外,その病態は不明である.
臨床症状
偶然発見される甲状腺腫を主症状とする.結節は単発性で球状を示し,表面平滑,弾性硬を特徴とし周囲組織への圧迫や浸潤はない.まれに多発する.
検査成績
甲状腺機能は正常で血清学的異常もない.超音波画像診断で単発性の充実性腫瘍か,一部囊胞性変化を合併しているかが判明する.病変部と周辺正常部分が被膜を境界に明確に区別される.ヨウ素やテクネシウムシンチグラムでは欠損陰影として,タリウムシンチグラムでは病巣部集積の陽性所見が得られる.
診断・鑑別診断
超音波画像,各種シンチグラム,細胞診によって診断されるが,腺腫様甲状腺腫の単発例(腺腫様結節)や濾胞癌との鑑別が困難である.術前細胞診では濾胞性腫瘍と診断されるため,術後の組織診断が不可欠である.
治療
手術の適応が1つの問題である.進行が緩徐で,径2~3 cm程度の大きさなら経過観察で予後良好である.しかし,巨大化や圧迫症状,さらに癌の合併が否定できない場合は積極的な腫瘍摘出の手術適応となる.TSH抑制療法としての甲状腺ホルモン投与の効果は一定していない.ほかにAFTNに対して,ヨウ素131(131I)投与や局所エタノール注入療法なども試みられている.
予後
癌合併がないかぎり良好である.
(2)悪性甲状腺腫瘍(malignant thyroid tumor)
定義・概念
甲状腺癌は頻度が高く常に頸部の視診,触診に注意する必要がある.しかし,80%以上の大部分は分化癌であり,生命に関する予後は一般に良好である.一部異なる組織型や予後不良の例が存在する.放射線被曝による甲状腺癌の発症が注目されている.
病因
甲状腺上皮細胞由来の散発性甲状腺癌では種々の染色体異常や遺伝子異常が報告され,内在する遺伝子異常に放射線や化学物質などによる癌誘発因子の関与が重要な病因と示唆される.特にチェルノブイリ周辺で多発している小児甲状腺癌の組織解析ではret遺伝子の再配列(ret/PTC)が高頻度に認められている.成人発症の乳頭癌ではBraf遺伝子異常の頻度が高い.家族性甲状腺癌がまれに存在するが,その責任病変遺伝子座は不明である.家族性腺腫性ポリポーシスではAPC遺伝子異常により甲状腺乳頭癌の合併が1~2%報告されている.一方,C細胞由来の髄様癌ではret遺伝子の点突然変異が報告され,特に家族性髄様癌や多発性内分泌腫瘍症2A型(MEN 2A型)の部分症としての髄様癌は本遺伝子のスクリーニングが推奨されている.
疫学・頻度
癌全体の内訳からすると甲状腺癌は男性0.6%,女性1.6%と米国では報告されている.一方,わが国では成人の集団検診で発見される頻度は1人/1000人である.一方,剖検時に発見される潜在癌を入れると1人/10人は微小甲状腺癌が診断される.多くは30~60歳代に発見され予後良好である.思春期以前の小児甲状腺癌はきわめてまれであるが,チェルノブイリ原発事故5年後から,事故当時0~5歳の子供に増加した.性比は1:4~6と女性が多い.手術などで確認された病理組織分類では圧倒的に乳頭癌が多く,分化癌が全体の90%以上を占める.
病理
組織学的には甲状腺上皮由来の乳頭癌,濾胞癌,未分化癌に加えてC細胞由来の髄様癌やリンパ球(大部分がB細胞)由来の悪性リンパ腫などが存在する.
臨床症状
甲状腺に結節を発見すればまず分化癌を疑い診断を進めることが重要である.頸部リンパ節腫脹や嗄声,周辺組織との癒着所見の有無などを参考にする.各組織型の違いによる臨床上の特徴を表12-4-11にまとめる.特に頻度の高い乳頭癌の経過は緩徐で,結節癌部は壊死囊胞変化を伴うことがある.
検査成績
甲状腺超音波画像所見が診断に有用である.特徴的変化を表12-4-12に示す.頸部X線軟線撮影では砂粒状石灰化(psammoma body)が散見される.甲状腺ヨウ素やテクネシウムシンチグラムでは取り込み欠損像を示し,タリウムシンチグラムでは集積陽性所見を示すが,いずれも良・悪性の鑑別は困難である.悪性リンパ腫や未分化癌ではガリウムシンチグラムの集積像を認める.髄様癌では99mTc-DMSや131I-MIBGの集積を認める.術前の診断は甲状腺針吸引生検(fine needle aspiration biopsy:FNAB)と細胞診(cytology)が最重要である.
鑑別診断・病理所見
良性疾患との最終鑑別も術後組織診断によらなければならないが術前のPapanicolaou細胞診が鑑別診断にきわめて有用である(図12-4-16).
治療
超音波画像診断の普及とエコー下FNABによる細胞診の精度の上昇により,無症候性の偶発甲状腺癌(潜伏癌)が,中高年者に多く発見されている.乳頭癌,濾胞癌などの分化癌に対して,原則的に片葉に限局する孤立性結節の癌の場合,腫瘍摘出や片葉切除だけで十分な手術成績が得られる.しかし,癌の大きさや両葉病変の可能性,転移の有無などを考慮し甲状腺亜全摘,全摘を行うことが多い.遠隔転移の可能性がある場合は,癌組織とともに甲状腺を全摘し,その後131I大量療法の適応を決定する.一方,未分化癌の場合には手術無効例もしくは禁忌例が大半であり,化学療法や放射線療法も効果が乏しい.現在なお,低分化ならびに未分化癌の治療法は確立されたものがない.髄様癌は手術の適応であり,両葉に存在する可能性や多発性内分泌腫瘍の合併を鑑別し,総合的手術戦略を考える必要がある.甲状腺原発悪性リンパ腫は細胞組織型やその進展ステージにより予後が異なるが,放射線療法と化学療法併用が主体である.症例によっては手術(全摘)療法も有効である.しかし,再発例も多く注意が必要である.
予後
乳頭癌や濾胞癌などの分化癌の場合,たとえ転移があってもその予後は比較的良好である.10年単位で生存可能であるが,早期診断,早期治療(手術)が重要である.初回手術療法の成否と癌細胞の分化度が予後を左右する.癌組織のp53点突然変異の有無が低分化,未分化癌の悪性度マーカーになる場合もある.甲状腺全摘後の甲状腺ホルモン補充療法と血中サイログロブリン濃度の定期的なモニターが必要である.二次性副甲状腺機能低下症に対しては,活性型ビタミンD製剤の投与を行う.未分化癌の予後は不良で,1年生存率はきわめて低い.[山下俊一]
■文献
日本乳腺甲状腺超音波診断会議・甲状腺用語診断基準委員会編:甲状腺超音波診断ガイドライン改訂第2版.南江堂,東京,2012.
Elisei R, Pinchera A: Advances in the follow-up of differentiated or medullary thyroid cancers. Nat Rev Endocrinol, 8: 466-475, 2012.
Pacini F, Castagna MG: Approach to and treatment of differentiated thyroid cancer. Med Clin North Am, 96: 369-383, 2012.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報