芝口北紺屋町(読み)しばぐちきたこんやちよう

日本歴史地名大系 「芝口北紺屋町」の解説

芝口北紺屋町
しばぐちきたこんやちよう

[現在地名]中央区銀座ぎんざ八丁目

出雲いずも町の南にあり、南北の通り(東海道)西側の片側町。東は芝口金六しばぐちきんろく町、南は堀で芝口橋(新橋)北畔にあたり、西は金春こんぱる屋敷・山王さんのう町。国役町。享保九年(一七二四)芝口御門が廃止となった際、同御門用地跡に八丁堀はつちようぼりに与えられていた北紺屋町代地が移され、芝口北紺屋町となった(沿革図書・安永三年小間附町鑑など)享保年中江戸絵図には北紺屋町、「続江戸砂子」には芝口紺屋町とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む