花平村(読み)はなだいらむら

日本歴史地名大系 「花平村」の解説

花平村
はなだいらむら

[現在地名]引佐町花平

南流する井伊谷(いいのや)川の中流域、三岳(みたけ)山(四六六・八メートル)の西麓に位置し、南は井伊谷村、南西は横尾(よこお)村。永正七年(一五一〇)一二月二八日、遠江守護今川氏親と前守護家斯波義達が合戦に及ぶなかで義達は戦火に見舞われた陣所を「花平」に移しているが、翌年一月五日にその「花平御陣所」などが戦火にあっている(年月日未詳「伊達忠宗軍忠状」駿河伊達文書)。戦国期は井伊氏一族井平氏の領地で、元亀二年(一五七一)一〇月二二日に井平小屋合戦で討死した井伊飛騨守は、天正一七年(一五八九)に没した龍潭(りようたん)寺南渓自筆の過去帳(龍潭寺文書)に「喜山成永沙弥、井平入道、井平花平領主」と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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