日本大百科全書(ニッポニカ) 「花房藩」の意味・わかりやすい解説
花房藩
はなぶさはん
明治初年、安房(あわ)国花房〔千葉県鴨川(かもがわ)市北条(ほうじょう)〕を藩庁とした譜代(ふだい)藩。表高3万5000石。藩主西尾(にしお)氏。1868年(明治1)駿府(すんぷ)藩の成立により、遠江(とおとうみ)国内の3万2686石余と駿河(するが)国内の3750石余を収公された遠江横須賀(よこすか)藩主西尾忠篤(ただあつ)が、安房・上総(かずさ)国内において実高4万3560石余を与えられ、花房に藩庁を営み立藩した。領地は安房国長狭(ながさ)郡に60か村、上総(かずさ)国望陀(もうだ)郡のうち43か村、周准(すす)郡のうち23か村、長柄(ながら)郡のうち22か村のあわせて148か村であった。69年6月忠篤は版籍を奉還して知藩事に任ぜられ、仮藩庁を長狭郡横渚(よこすか)村(鴨川市)に置いたがほどなく廃藩。藩領は花房県、木更津(きさらづ)県を経て千葉県管下となった。
[川村 優]