花見山城跡(読み)はなみやまじようあと

日本歴史地名大系 「花見山城跡」の解説

花見山城跡
はなみやまじようあと

[現在地名]松山市朝日ヶ丘一丁目

西(にし)山の山頂(朝日八幡神社の北の丘)にある中世の城跡。細川氏に追われた河野通尭は、九州の征西府に降伏してその保護と援助を受けたが、正平二三年(一三六八)伊予における勢力回復のため、戦備を整えて帰国した。この時、足利尊氏の部将仁木義尹は花見山城に拠って通尭の進撃を抑えようとした。通尭はこの城を攻略して義尹の軍を敗走させた(予陽河野家譜)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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