若狭野村(読み)わかさのむら

日本歴史地名大系 「若狭野村」の解説

若狭野村
わかさのむら

[現在地名]相生市若狭野町若狭野

田井たい村・奥野山おくのやま村の西、矢野やの川下流域、若狭野盆地の西部に位置し、西は牟礼東むれひがし(現赤穂市)。南部を山陽道が通る。若佐野とも記す。正安元年(一二九九)一一月五日の矢野庄の例名実検取帳案(東寺百合文書)によれば、奥野山に次いで若狭野中村・若狭野小林妙見敷地・若狭野今浄忍住・若狭野住内・若狭野寺北山キワなどを検注している。同年一二月の下地中分では領家(京都東寺)方に属した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む