苦増原遺跡(読み)にがましばるいせき

日本歴史地名大系 「苦増原遺跡」の解説

苦増原遺跡
にがましばるいせき

[現在地名]具志川市仲嶺 苦増原

地荒原ちあらばる貝塚の南西方約七〇〇メートルに位置し、標高六〇―七〇メートルの赤土地帯上に形成された貝塚時代中期の集落跡。一九七六年(昭和五一年)および七八年・八二年に発掘調査が行われた。一九七六年の調査では炉を伴う竪穴住居跡一や貯蔵穴四、独立した炉跡七、焼石の集石一を確認した。竪穴住居は二・四×二・二メートルの円形プランで、地山からの深さ二〇―三〇センチ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 炭化物 土器 主体

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む