苦増原遺跡(読み)にがましばるいせき

日本歴史地名大系 「苦増原遺跡」の解説

苦増原遺跡
にがましばるいせき

[現在地名]具志川市仲嶺 苦増原

地荒原ちあらばる貝塚の南西方約七〇〇メートルに位置し、標高六〇―七〇メートルの赤土地帯上に形成された貝塚時代中期の集落跡。一九七六年(昭和五一年)および七八年・八二年に発掘調査が行われた。一九七六年の調査では炉を伴う竪穴住居跡一や貯蔵穴四、独立した炉跡七、焼石の集石一を確認した。竪穴住居は二・四×二・二メートルの円形プランで、地山からの深さ二〇―三〇センチ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 炭化物 土器 主体

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む