仲嶺村(読み)なかんみむら

日本歴史地名大系 「仲嶺村」の解説

仲嶺村
なかんみむら

[現在地名]具志川市仲嶺(なかみね)・豊原(とよはら)

上江洲(いーじ)村の西にあり、南は中城(なかぐすく)湾に面する。絵図郷村帳では「たうはる村」とあり、「中山伝信録」「琉球国旧記」では「中嶺」、「琉球国由来記」では「中嶺村」「仲嶺村」と記される。拝所は同書にマアブノ嶽・マフノ嶽ノ殿が記され、祭祀は上江洲ノロの管轄下にあった。マフノ嶽ノ殿では麦・稲四祭のとき地頭が五水・神酒、百姓中が穂・花米・神酒を供えた。四祭の前日の晩には地頭が上江洲ノロへ食事をふるまった。「琉球藩雑記」では脇地頭仲嶺親雲上の当村からの作得は五石余。一八八〇年(明治一三年)の県統計概表では戸数七三・人数三四一、一九〇三年の県統計書では士族の戸数四八・人数三〇〇、平民の戸数三七・人数一八四。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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