苧生茂村(読み)おいもむら

日本歴史地名大系 「苧生茂村」の解説

苧生茂村
おいもむら

[現在地名]上宝村苧生茂

高原たかはら川中流左岸にある山間の小村で、対岸北方は葛山くずやま村。元禄飛騨国検地反歩帳によると、高原郷に属し、高一四石余はすべて畑で五町一反余。「飛騨国中案内」では免二割六分五毛、家数九はみな百姓。天明八年(一七八八)の村明細帳によると、畑二一石余・反別七町二反余、新田として、畑八斗余・反別三反余、家数九、男二七・女一三、牛一二。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む