荻島興野(読み)おぎじまこうや

日本歴史地名大系 「荻島興野」の解説

荻島興野
おぎじまこうや

[現在地名]三条市荻島

大島おおじま新田の東、信濃川左岸の村で、北は代官島だいかんじま新田、南は信濃川。元禄一二年(一六九九)の鵜森組新村付帳(渡辺巌氏蔵)によれば、鵜森うのもり(現加茂市)を親村として、大島新田の地方を寛永一四年(一六三七)に開発し立村。荻島新田ともよばれ、新発田藩領で、正保国絵図によれば高一六八石。寛文七年(一六六七)と推定される御領内見分之書付(貴船家文書)によると「いからし川のはた」とあり、この頃五十嵐いからし川河道沿いに位置していたことがわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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