菅原神社台地上遺跡(読み)すがわらじんじやだいちうえいせき

日本歴史地名大系 「菅原神社台地上遺跡」の解説

菅原神社台地上遺跡
すがわらじんじやだいちうえいせき

[現在地名]板橋区成増五丁目

武蔵野台地の北東新河岸しんがし川支流の白子しらこ川と百々女木ずずめき(百々向川とも記し、現在は暗渠)との合流点の下流でこいど川(現在は暗渠)が流れ込む地点にある遺跡。西を百々女木川、北を白子川、東をこいど川に囲まれた南から北へ延びる標高約二九メートルの独立台地の先端部に位置する。平成五年(一九九三)都営住宅の建替えに先立って本格調査が行われた。その結果、弥生時代後期の住居跡二二一軒・掘立柱建物跡八棟が発見されたほか、土器石器・ガラス小玉などが出土し、この時期では都内最大級の集落跡である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む