菊屋新助墓(読み)きくやしんすけのはか

日本歴史地名大系 「菊屋新助墓」の解説

菊屋新助墓
きくやしんすけのはか

円福寺境内にある。新助は安永二年(一七七三)野間のま小部おべ(現越智郡波方町)に生れ、松山に移って綿織物製造に従事し、菊屋と称した。京都から絹織物用の花機を導入し、改良して高機とよぶ綿織用をつくり、伊予結城の品質向上を図った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む