菊屋新助墓(読み)きくやしんすけのはか

日本歴史地名大系 「菊屋新助墓」の解説

菊屋新助墓
きくやしんすけのはか

円福寺境内にある。新助は安永二年(一七七三)野間のま小部おべ(現越智郡波方町)に生れ、松山に移って綿織物製造に従事し、菊屋と称した。京都から絹織物用の花機を導入し、改良して高機とよぶ綿織用をつくり、伊予結城の品質向上を図った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

苦肉の策

敵を欺くために、自分の身や味方を苦しめてまで行うはかりごと。また、苦しまぎれに考え出した手立て。苦肉の謀はかりごと。「苦肉の策を講じる」...

苦肉の策の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android