菊屋新助墓(読み)きくやしんすけのはか

日本歴史地名大系 「菊屋新助墓」の解説

菊屋新助墓
きくやしんすけのはか

円福寺境内にある。新助は安永二年(一七七三)野間のま小部おべ(現越智郡波方町)に生れ、松山に移って綿織物製造に従事し、菊屋と称した。京都から絹織物用の花機を導入し、改良して高機とよぶ綿織用をつくり、伊予結城の品質向上を図った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む