蓼畑村(読み)たてはたむら

日本歴史地名大系 「蓼畑村」の解説

蓼畑村
たてはたむら

[現在地名]永源寺町蓼畑

萱尾(かやお)村の北、御池(おいけ)川と愛知(えち)川の合流点南方にある。天文一九年(一五五〇)相谷(あいだに)の関所で三河商人の木綿荷が保内商人に没収された際、「たて畑大道助」が三河商人の代理として樽一荷をもち保内と交渉している(永禄三年一一月九日「保内商人申状案」今堀日吉神社文書)。元和五年(一六一九)の安藤重信領分高覚帳(東京大学史料編纂所蔵)に蓼畠村とあり、高三一石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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