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保内商人 ほないしょうにん

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大辞林 第三版の解説

ほないしょうにん【保内商人】

中世、近江国得珍保とくちんのほの商人。特権的な座を結成し、伊勢・美濃・若狭わかさ・京都などを結んで活発な商業活動を展開した。

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百科事典マイペディアの解説

保内商人【ほないしょうにん】

中世,近江国蒲生郡得珍保(とくちんほ)(滋賀県東近江市)のうち,西部4ヵ郷(保内野々郷(ほないののごう))に発生した商人団。本来は農民であるが,延暦寺衆徒や守護六角氏の保護のもと,団結して市場専売権や街道通行権などの特権を獲得し,伊勢国若狭国尾張国など遠隔地商業に従事。
→関連項目近江商人観音寺城九里半街道千草街道八風街道三村荘横関

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世界大百科事典 第2版の解説

ほないしょうにん【保内商人】

近江国蒲生上郡得珍保(とくちんのほ)の下四郷の商人をさし,野々郷(ののごう)商人,野々川商人ともいわれる。得珍保は比叡山の僧得珍が開発したという伝承をもつ荘園で,滋賀県八日市市の南部に位置する。室町時代以降,保内商人延暦寺東塔東谷仏頂尾の衆徒と,守護佐々木六角氏の保護をえて,織田信長安土城下の形成まで特権的な座商業を展開した。保内商人を輩出した下四郷は畑作地帯で,上四郷に比較して水利の便が悪く,水田化がはなはだしく遅れたが,他方,得珍保は東海道と東山道に挟まれ,伊勢山越ルートである千草街道八風(はつぷう)街道に接続しているため,農業の不利を商業で補った。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

保内商人
ほないしょうにん

中世に近江(おうみ)国蒲生(がもう)郡得珍保(とくちんのほ)(滋賀県東近江市)に住み、農間副業として、伊勢(いせ)、美濃(みの)、若狭(わかさ)、京都などを結ぶ遠隔地間の仲継商業に従事した商人。得珍保内商人のこと。近世の近江商人の源流をなすもので、鈴鹿(すずか)山越えの伊勢通商を独占した四本(しほん)商人(石塔(いしどう)、小幡(おばた)、沓懸(くつかけ)、保内)の一つである。塩、呉服、紙などの流通路を抑えて、問屋的な営業独占権を行使し、近隣の小幡郷、横関(よこぜき)、五箇(ごか)商人などと争論を起こしている。得珍保は上六郷、下八郷からなり、後者が商人団の中枢をなした。その一郷にあった今堀日吉(いまぼりひよし)神社文書には、保内商人の中世商業のありさまがよく示されている。商人団の構成は徒足(かち)の商人と、馬で運ぶ駄荷(だに)の商人の2階層からなるが、1世帯には馬1匹分の参加しか認めないという平等規制をもっていた。[脇田晴子]

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世界大百科事典内の保内商人の言及

【近江商人】より

…鎌倉時代後半に姿を現し,室町時代初期から商業圏を確立してゆく延暦寺領近江国蒲生郡得珍保(とくちんのほ)の商人(保内(ほない)商人ともいう)は,荘園のなかでは農業生産に恵まれない農民が近江・伊勢の国境の鈴鹿山脈の八風(はつぷう)街道千草街道の両街道での山越商業に従事したものである。保内商人は延暦寺や守護六角氏から排他的独占権(座権)を認定された。独占権の対象になる商品としては麻苧(あさのお),紙,陶磁器,塩,曲物(わげもの),油草,若布(わかめ),鳥,海苔(のり),荒布(あらめ),魚,伊勢布があげられる。…

【千草街道(千種街道)】より

…そして千草(菰野町)を経て桑名,四日市方面に至る。 中世にこの街道の通商交通の独占権を有していたのは,得珍保(とくちんほ)今堀郷を中心とする保内商人およびそれと連合したいわゆる〈四本商人〉と呼ばれる座商人群であって,毎年農閑期になると商品を肩に背負い,あるいは馬に背負わせて伊勢から美濃路まで行商を行った。ときには,数百人の人と馬の隊商を組んで千草越えをしたことが,五山の僧侶横川景三(おうせんけいさん)の1468年(応仁2)の日記に記されている。…

【由緒書】より

…また被差別部落には,〈河原巻物〉ともいわれ,その職能・特権,差別の由来を語るさまざまな由緒書が伝わっているが,そこにしばしば現れる〈延喜御門〉(醍醐天皇)は,16世紀に塩売りとして活動した坂の者(非人)の正当な文書(〈北風文書〉〈八坂神社文書〉)にも現れるので,この由緒書も単に江戸時代に捏造(ねつぞう)されたものではなく,戦国時代のなんらかの事実・伝統を背景にしているのである。このほか,近江保内(ほない)商人の後白河天皇の偽綸旨(りんじ)とつながる由緒書をはじめ,職人の伝える偽文書には由緒書が結びついていたものと思われるが,これらのうち,またぎの〈山立根元巻〉が源頼朝にその特権の起源を結びつけているように,東国の職人には頼朝や徳川家康にみずからをつなげているものが多い。そして職人の由緒書は偽文書とともに,中世後期以降,江戸時代の社会ではそれとして認められ,実効をもったことも見逃してはなるまい。…

※「保内商人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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