薊野村(読み)あぞうのむら

日本歴史地名大系 「薊野村」の解説

薊野村
あぞうのむら

[現在地名]高知市薊野

久万くま川を挟んで比島ひじま村の北東にあり、南部を土佐街道が通る。南部には平地が開け北部は山地となる。土佐郡に属し、「土佐州郡志」は「莇野」の字をあて「東西十四町南北拾五町」「其地沙土」と記す。天正一六年(一五八八)一宮庄地検帳に薊野村とみえ、検地面積三五町三反余、うち田分三一町余・屋敷二町四反余・畠分一町二反余・切畑五反余。屋敷数四八、うち居屋敷三一。ほとんどが長宗我部氏家臣の給地となっているが、一部に毘沙門堂分・執行分・徳弘分などがみえる。

元禄地払帳によると総地高八四〇石余、うち本田高三四五石余・新田高四九五石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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