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薩摩屋仁兵衛(初代) さつまや にへえ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

薩摩屋仁兵衛(初代) さつまや-にへえ

?-? 江戸時代前期の豪商。
比田三太左衛門(宗春)の養子。寛永5年(1628)から大坂で,のちに薩摩堀とよばれる堀川を開削し,7年に完成させた。薩摩との商売をおこない,また酒造方を支配した。薩摩屋は初代没後の正徳(しょうとく)3年(1713)天満組の惣年寄となり,代々その任にあたり,薩摩堀中筋町にすんだ。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

薩摩屋仁兵衛(初代)

生年:生没年不詳
江戸前期の大坂の豪商。丹波国比田村の出身で,大坂に移住して豊臣秀吉,秀頼の近習として仕えた比田三太左衛門の養子。三太左衛門は多病のため,剃髪して宗春と改めたが,養子仁兵衛(二兵衛とも称した)は町人となり薩摩屋を名乗った。寛永5(1628)年,のちに薩摩堀と呼ばれることとなった堀川の開削に着工し,同7年これを完成させ,この一帯の開発を行うなど,江戸初期の大坂の町造りに貢献。以後薩摩からの商船はこの堀川を利用し,物産を大坂へ送った。薩摩屋はその功により薩摩国産の売買取り締まりに任ぜられ,その後明治期まで,他の6軒の問屋と共に,薩摩問屋,七軒問屋と称された。初代のときにはまだ大坂三郷惣年寄ではなかったが,酒造方の支配をなすなど町自治にかかわり,正徳3(1713)年天満組惣年寄となり幕末におよんだ。近世大坂の代表的上層町人といえる。

(宮本又郎)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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